“「死ねよ」→自殺事件(21歳女)” を「メンヘラ」「かわいそう」では済ませない

14/02/23

正直、今期イチバンの重い話題。

かなりシリアスな思考整理のための備忘録。
いつもは、1つ添付しておきたい「ネタ画像」すらない。


人間の汚い部分がもろに出てる情報。
それに対する自分の意見を残しておく。

正直、とまどった。


でも、「本音でなんでも洗いざらいアウトプットしよう」という
自分の決め事をこの程度のことで破るわけにはいかん。


さて、始める。



きっかけは、女性の自殺報道


ネットサーフィンを、何の気なしにしていたら、↓のニュースを発見。


 スマートフォンで「死ねよ」などとメッセージを送り、交際相手の女性を自殺させたとして、警視庁三田署は21日、川崎市中原区木月住吉町、慶応大法学部3年、渡辺泰周(たいしゅう)容疑者(21)を自殺教唆容疑で逮捕したと発表した。同署によると容疑を認めているという。

 逮捕容疑は昨年11月8日午後6〜8時ごろ、スマートフォン向けの無料通信アプリ「LINE(ライン)」で、同級生の女子学生(当時21歳)に「お願いだから死んでくれ」「手首切るより飛び降りれば死ねるじゃん」などと計7回のメッセージを送ったとしている。女性は翌日午前5時ごろ、東京都港区の自宅マンション8階から飛び降り自殺した。三田署は通信記録の解析などを経て今月19日逮捕した

自殺教唆容疑:交際相手にスマホで「死ねよ」 慶大生逮捕 – 毎日新聞
QD: 140223



これを見て、「なんや、その程度で自殺なんかしなさんなや。これだから、自分で判断基準を持つことができない人は・・・」とかる~く感じた。


この事件に関して、いろいろな見方ができるだろう。


「死ねよ」といった男性を擁護することもできそうだ。
こちらの方はそのような意見をもっておられる。
Twitterのメンヘラ神が死んだ件について思ったこと – まつたけのブログ


彼女の不運は嘆かわしいことだともとれる。

彼女に対して「才能を秘めたネットユーザーだった」という意見をもつお方も。
自殺したメンヘラ神が書いていたはてなブログについて – 人生夢オチ


「まあ、ひとそれぞれやな」と思い、さっさっと流して忘れてしまう。
それが、この手の情報にふれたときの自分の態度。


しかし、今回はそうはならなかった。


Twitter を見て驚愕

18歳以上 ENTER



同情なんかできない


前述の「才能を秘めたネットユーザーだった」というブログ著者的な発想からすれば、「自殺という選択肢を選ばずにいれば、将来有望だった」という意見もあるかもしれない。

また「悪いのは、こんな人を生み出してしまう環境・社会だ」と見ることもできるかもしれない。


でも、そんなことはないと思う。


今回、「マンションからの飛び降り」という選択をしなかったとしても、いつか彼女は自分で命を断っていただろう。

重度の薬物依存であったので、そこから抜けだして
まともな生産活動ができるようになっていたとは思えない。

「私ってかわいそう」オーラがにじみ出る発言・文章・写真を垂れ流して、一部のモノ好きなネットユーザーから「うわ、メンヘラな人、なんかぶっとんだこと書いてる。おもろ」という評価をもらう以上の社会貢献なんてできやせん。


また、個人的意思で、薬物依存から抜け出すことはいくらでも出来たはずだ。
だから、環境・社会のせいにするのは全くの筋違いだ。
環境要因があったとしても、せいぜい1%くらいだろう。
このような状況になったのは、99%彼女本人の責任だ。



彼女の生き方に対する、わての率直な意見はこうだ。



醜い。



はっきり言って、醜い。

非常に醜い。



同情の余地なんてない。

「メンヘラ」とか「精神病」とかいうことを言い訳に、
あらゆる快楽を貪っていた人生だったろう。


「オフ会」と称して、同じように ”お薬” に依存した人たちが集まり、現実逃避のトランス天国を楽しんでいたことも複数回あったようである。


「合理よりも非合理・不条理」を方針として掲げている自分であるが、これに類した人が、世の中に何%かいるとしたならば、
「こんなタイプの人はいっそ滅んでしまえばいい」と考えてしまう。
(cf. 合理的な優生学的発想)



・・・


とは、いっても ・・・





what about ME


では、そんなことを言っている自分はどうなのか?
彼女よりは、自立して、ドーパミン・ジャンキーにはならずに、
自分の頭で物を考えていると思い込み、メタ視点でこの記事を書いている自分は・・・?


うつみん(内海聡氏。キチガイ医)は言う。

精神薬を飲んでいる人やドラッグをやっている人をジャンキーと呼んでいるが、もとをただせばニンゲンのほぼすべてはジャンキーである。そのニンゲンたちは常に何かに頼っている。それがお菓子であるかタバコであるかアルコールであるか、さらにいえばそれが異性であるか親であるかお金であるか、さらにいえばそれが常識であるか体裁であるか宗教であるか学問であるかの差でしかない。それらのすべてに独立という言葉はふさわしくない。

内海 聡 – ジャンキーというのが薬を飲んでいる人のことだけさすと思ったら大間違い。…
QD: 140221



・・・・

なんだか、自分が責められている感覚を禁じ得なかった。


自分の方向性と生活とを考えてみる。


「コンビニ弁当はいかん」とか口では言う。
しかし、「いきなり、違う食生活は難しい。少しずつ自炊を」といいながらコンビニ弁当食べ続ける。
(食に関するジャンキー)


「できるだけ、モノごとを中立に見て、因果律でモノを考えるべきだ」とか口では言う。
しかし、実際は自分の方針を正当化する情報収拾に充てる時間がほとんどである。
(思想・情報収拾の方針に関するジャンキー)


「女を物化するような風潮はいかん。人間は中身のみで判断するべき」とか口では言う。
しかし、夜な夜な、「女をモノとして扱うようなポルノ動画」にお世話になっている。
(性的嗜好に関するジャンキー)


「酒は飲み過ぎてはいかん」とか口では言う。
しかし、「たまには発散した方が良い」と思い理性がとぶまでまで飲むこともある。
(アルコール・ジャンキー)


・・・


自殺した21歳女と、自分。 
同じようにジャンキー。

本質的な違いなんてないじゃないか。


ただ、自分は社会的に問題とならないレベルで、快楽・欲望のボリューム調整ができているだけにすぎない。
肉体的にも、精神的にも、何かしらへの依存をもって、生きておる。


でも、いつか「自立」を


たしかに今は、「口ばっかりのジャンキー野郎」だ。
人からの信用なんて得られるハズもない。


しかし、「このままでは終わらんぞこのやろ〜」という思いは
140223現在、抱いている。

長生きできるように、健康に気を遣い、かつ「ジャンキー」を克服していっているかどうかを意識に上げるようにすれば、少しずつ克服できるだろう。

と、信じたい。


人生は長い。自分のペースで「自立」していけばいい。
ここでも、「人との比較」は、なんら意味をなさない。
「あの人と比べて、自立してる」という命題に何の意味もない。


・・・
ふう。考えるのなかなかしんどいな。


・・・


最後に。


合掌

メンヘラ神さんへ

本ブログでは、アナタのことをボロクソに批判してはいますが、
あなたの性格からして、それもポジティブに捉えてくれてはるでしょう。

「死んでから、めちゃめちゃに言われた〜。ぎゃはは!
安定剤ODでもするか〜!」と笑っていてくれると思います。

安らかにお眠りください。




140223


ジャンキーを 意識しながら 生きていく?


重いこと書くのも、たまにはいいね。
自分の中での思考の整理、結構進んだ気がする。
Better & Better.



日本国憲法の問題点
日本国憲法の問題点

 ロック以前の思想家で、社会契約説の始祖であるホッブス(Thomas Hobbes, 1588-1679)は「世の中にある資源(resources)は有限である」と考えた。資源が有限であるからこそ、その資源を巡って「万人の万人に対する戦い(belllum omnium contra omnes)」が起きる。そして、その戦いを収拾するために国家や社会が必要になった。これがホッブスの考える社会契約説である。
 ところが、これに対してロックは「人間の労働によって生活のための資源は増加させうる」と考えた。人間が働けば働くほど、資源は増えるのだから、そこには戦争などは起きない。彼の考える自然状態は、ホッブスとは正反対に平和な状態である。
 では、いったいなぜ国家や社会が生まれたかといえば、あくまでも人間がもっと便利に暮らすための「仕掛け」として、人間自身が契約で作ったというわけなのである。この点において、ロックの思想はまさに政治思想、そして経済思想の「コペルニクス的転換」であると評することができるだろう。
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